2004年9月の新刊です。
本の好きな人には絶対お勧めです。
面白いところ・腹の立つところ・考えさせられるところ・笑い転げてしまうところ・しんみりして思わず涙してしまうところ。大変バラエティに富んだ構成で、随筆のようでもあり、短編小説のようでもあり、実話ばかりのようでもあり、完全なフィクションのようでもあり、実際はフィフティ・フィフティだとにらんでいますが、著者にお聞きすれば、すべて実話だとおっしゃりそうでもあり、ニンマリして何も返事してくれないような気もします。聞くだけ野暮というものです。
著者は青森県の古書店林語堂(りんごどう)の経営者。1951年生まれで、明治大学出身です。私とは古書の通信販売を通じた、まったく新しいお付き合いですが、本書も直接通信販売で林語堂さんから購入しました。したがって、古書注文時のメールでのお付き合いだけです。
ところで、世間のみなさんは「古本」というと、とりわけ女性たちはすぐに「汚い」と思われるかも知れませんがとんでもないことで、本書でも書かれているように、
「そんな、人の使った古本を扱って、よく病気になりませんねって、そこまで言われる。どんな人が持っていたかわからない。病人がベッドで読んでいたかもしれない。そんなことを言ったら、図書館の本はすべて古本でしょうが。うちで売っている古本は、まったく読んでもいない本もあるし、そうでなくてもほとんどが一回しか読んでいない本ばかりだ。図書館の本のほうが、たくさんの人が読んでいる。」
という事実を案外ご存じない方が多いようです。私も林語堂さんから今回購入した古本は、昭和年代の本だけに、外見はすこし古びてはいても、中身は一度も読まれた形跡がなく、まったくの新品同様のものが、びっくりするほどの安価でした。
ともあれ、一番ショッキングな話は、ブックなんとかという大手チェーンの新古本店の話です。売り場面積の広い大型店舗で、全国各地に進出するのはよいが、どんなに価値ある本でも、知識がないのと、杓子定規な内部規定から、古くて汚らしい本は、すべて処分してしまうといわれます。
「ブックなんとかは、そんな本は引き取らない。すべて処分してしまうのだ。業界ではそれが大問題になっている。日本人の文化財産になる史料も、すべて焼却処分されているのだ。
この前も本を集めて六十年の老人が、その新しい店のカウンターに荷風の戦前の初版本があるのに目を付けた。『これはいくらで売ってくれるんだ』と、老人はわなわなと震える手で財布を出した。すると、アルバイトの若者はそっけなく、『これは、売れません。捨てるんです』と平然と答えた。『な、なんと、捨てるのなら、ぜひ譲ってくれ』と、老人は何度も懇願したが、『規則で、捨てる本はお売りできません』と頑固だ。そういう教育指導が徹底されていた。みすほらしい本は店に並べるな。すべてゴミにする。経営方針がそうなのだ。本をモノとしてみることで逆に成功していた。
荷風の本は古書店で買えば十万円を下らない本だったが、とうとうゴミにされてしまった。」
という恐ろしい現実があるそうなのです。
さらにまた、ゴミの集積場所に戦前に発行された「白秋全集」の全巻揃いが捨てられていた。天金で背革装で状態も良く、その上、第1巻目の見返しには白秋の署名まである。しめたとばかり北村古書店の主人が持って帰ろうとすると、たまたま通りがかった市の職員にひどくとがめられ、すったもんだの末、規則を盾にとって結局はゴミ収集車に乗せられて処分場行きとなるくだりでは、読者の村田の方が、頭にきて、その市の職員を張り倒したくなったほどです。就寝前にこれを読んだために不眠症になってしまいました。
著者に言わせれば、読書をする人間は百人のうち一人いるかいないかだそうで、日本人の教養は、ここまで地に落ちているらしいのです。実にショッキングな話ばかりではないでしょうか。古本は、売る人ばかり増えて、買う人は減る一方だと嘆いていらっしゃるのは、商売上の問題ばかりではないようです。
ましてや、その百分の一の読書人が百人いたとして、そのうちの何人が戦前の古びた書籍に価値を認めることが出来るでしょうか?また、価値を認めたとして、その認めた人の何人が、それらの古本を買いたいと思い、また実際に購入することでしょうか?
ところで、本書を全部読み通した読後感は、実際のところ、ユーモアとペーソスにあふれた、なんともいえない余韻の残るものですが、とりわけ本書の題名になっている「古本迷宮」では、笑い転げてしまいますし、最終の「猫と古本屋」では思わず泣いてしまいました。
こういう専門外の本は、就寝前の睡眠薬代わりに読むのですが、あまりの面白さと腹立たしさに二〜三日の間、不眠症となってしまったほどです。
ひさしぶりの良書にめぐりあえたというものです。本書を入手するには、もちろん一般書店で注文を出せば取り寄せてもらえます。早く入手するには著者の店「林語堂」さんに直接注文するのが一番です。下記の林語堂さんのホームページをクリックすれば、すぐに本書の購入方法の案内が出ます。
http://www.mmjp.or.jp/omiya/
次の作品が大いに期待される筆力です!