漢方薬専門の論文集 >
本論は、もともと月刊「和漢薬」誌の513号(1996年2月号)の巻頭論文として、『丹参製剤 生薬製剤二号方』として執筆した論文中の一部をピックアップしたに過ぎません。
しかしながら、当時「瘀血阻滞」、俗に言う「ふるち」の形成原因を出来るだけ詳細に分析・考察するために、中医学理論の中国語原書を広く漁って、纏め上げた部分ですので最も力が入った部分でもあります。
「瘀血」に関するこれだけの知識を有機的に活用出来るように工夫すれば、生薬製剤二号方をフル活用できるであろうと考えて、挿入した理論部分という訳です。
生薬製剤二号方を解説する論説文中では、通読するには一番肩が凝る部分でもありますが、かといって、ここを避けていたら低レベルの指南書となっていた筈です。
瘀血阻滞に対する詳細な分析を、かなり短い文章で要約して述べてありますが、内容は相当に濃縮してあり、これだけを熟知しておれば、生薬製剤二号方に限らず、あらゆる活血化瘀の方剤を有機的に応用するための基礎知識として有用であると思われます。
なお、「生薬製剤二号方」の中医学的効能を知るには>>>>>●
血は脉中にあって絶え間なく運行し、循環して休まず、五臓を調和し、六腑に行き渡り、百骸を営養する。
血液は心気の推道・肺気の宣降・肝気の疏調・脾気の統摂・腎陽の温煦という五臓の協同作用が必要で、これによってはじめて停滞や外溢を生じることなく、脉中を正常に運行することが出来ます。
とは言え、血行不利や瘀血という病理変化については、心肝の二臓との関係がより密接です。
心は全身の血脉を主り、肝は蔵血の臓器だからですが、より深く考察すれば、心が主る脉は肝が主る筋膜によって構成されるので、「瘀血阻滞」は究極的には肝の病変と考えるべきでしょう。
瘀血形成の原因は多種多様ですが、以下に主要なものを記します。
@寒邪の侵襲により、血が冷却されて凝滞する(寒凝血瘀)。
内に久寒がある場合も同様です(陽虚血瘀)。
A熱毒や邪の熱化から気営両燔し、営陰に侵入した熱が血を煮詰めて熱盛傷陰や、汗による津液の消耗により営陰が損傷されると、血液が粘稠になって運行不利を生じ、血管壁に瘀血を形成する(熱盛血瘀)。
B陰液の虧損により、血脉が濡潤されないために、血がスムーズに運行できなくなって瘀滞する(陰虚血瘀)。
C心気不足や心陽虚衰による推動無力、あるいは肺気虚損や肺寒による昇降不足および助心行血の機能低下、あるいは腎気不足や腎陽虚衰による動力欠乏は、いずれも血流を緩慢にさせる。
遷延すると虚によって鬱を生じ、気鬱血滞から瘀血を形成する。
これらのことから、気虚血渋・気鬱血滞の「気虚血瘀」と、これに血の冷却による凝滞を伴った「陽虚血瘀」の病機の存在を類推し理解することが出来るはずです。
(気虚も陽虚も各臓に見られますが、気虚は肺・脾に重点があり、陽虚は脾・腎に重点があります。)
D肝の疏泄失調により、気滞血瘀を生じる。
E痰湿阻滞による気機失調が発展して気滞血瘀を生じたり、痰が直接血流を阻害して瘀血が形成され、瘀血は水道を阻害して痰濁を誘発する(痰瘀交阻)。
F打撲・外傷など、血隧の異変により、気行や血行が阻害される(跌打損傷)。
G血溢脉外により、出血が瘀滞する。血熱妄行や脾気虚の統摂不能による血溢などがあります。
このように、瘀血は多病から誘発される二次的な病理産物であることが多く、それゆえ活血化瘀の薬物だけでは根本解決にはならず、それぞれの瘀血形成の病機(根本原因)に対する方剤の併用が必要となることが多いわけです。
また、瘀血が除去されないと新血が生じにくいため、遷延すると血虚を伴いやすい。
それゆえ、活血化瘀薬を多用するとますます陰血を損耗しやすくなるため、補血・補陰の薬物の配合が必要となることも多い。
さらに強調しておきたいことは、瘀血の形成は究極的には必ず多かれ少なかれ気滞を伴っており、あるいは気滞が直接的な原因となって形成されることが多く、気滞を伴うだけに多かれ少なかれ必ず「痰濁」を伴っているということです。
また、瘀血は気機を阻害して気滞を増長させ、気滞と瘀血が悪循環を形成しやすく、水道を妨害して水湿内停を誘発して浮腫や痰濁を生じさせるなど、多端な病変を誘発します。
つまり、瘀血を治療せずにいつまでも遷延させると痰濁を増長させ、また痰濁は血流を阻害して血瘀を増長させ、一方では次第に正気を損耗させるなどにより、胸痺や中風のみならず悪性腫瘍の発生原因となるなど、複雑多変で難治な病変を誘発し兼ねないわけです。
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【主要参考文献】
@「中医学」(顔正華主編 人民衛生出版社)
A「中医病機治法学」(陳潮祖著 四川科学技術出版)
B「中医病理」(広東科技出版社)
C「血瘀証的診断和治療」(兪芝江編著 上海中医学院出版社)
D「痰瘀相関学説与臨床」(于俊生編著 科学技術文献出版社)
E「基礎中医学」(神戸中医学研究会編著 燎原)
F「今日の中医診療指針《内科編》」(久米正太郎・趙基恩共著)
G「実用中医内科学 日本語版」(東洋医学国際研究財団)
H「現代中医内科学」(何紹奇主編 中国医薬科技出版社)
I「方儀図解 臨床中医方剤」(王元武・赤堀幸男共著 医歯薬出版株式会社)
J「中医臨床のための方剤学」(神戸中医学研究会編 医歯薬出版株式会社)
K「中国大百科全書 中国伝統医学」(中国大百科全書出版社)