村田恭介主要論文集 >>
村田漢方堂薬局における37年間にわたる薬剤師2名による漢方相談販売の経験上から、肺陰を損傷しやすい漢方薬方剤や漢方薬物についての考察です。
たとえば、小青竜湯や附子配合のいわゆる附子剤、とりわけ八味丸類の問題です。
のみならず、藿香正気散(かっこうしょうきさん)という村田漢方堂薬局の愛用方剤でも、肺陰の損傷を警戒して長期の連用は避けるべきです。
肺は嬌臓(脆弱な臓器)です。日本漢方では、「乱用気味」と言っても過言ではない「小青竜湯」や「八味丸」など、連用するに際しては注意が必要な漢方薬方剤であることを認識して頂きたいものです。
なかでも小青竜湯に関しては、上記の藿香正気散とは比較にならない厳重注意が必要な漢方処方ですので、ブログに掲載した実例などの問題があるので、素人療法は厳に慎むべきです。
医師や薬剤師であっても漢方薬についてはほとんど素人さんとかわりがないレベルの先生方があまりに多いので、医師に処方されたからと言って安心とは限りません。
参考文献:
※耳鼻咽喉科で処方された小青竜湯による副作用
※耳鼻咽喉科で処方された小青竜湯による副作用の続報
※小青竜湯の長期連用による副作用
※高齢者に要注意の小青竜湯(副作用の認識がない医師たち)
※小青竜湯連用によって生じた乾燥性の咳
※小青竜湯と麦門冬湯のどちらでも良いと医師に言われながら出された小青竜湯に疑問をお持ちの親御さんからのお問合せ
※小青竜湯誤投与の典型例
※タミフルと共に医師から処方された禁忌に近い危険な配合、麻黄細辛附子湯と小青竜湯
※小青竜湯で副作用が生じるのは医師の乱用が問題である
※小青竜湯は長期連用には向かない
※やっぱり長期連用には不向きな小青竜湯
ともあれ以下の本論は専門家向けです。
もともと例によって『和漢薬』誌連載の『中医病機治法学』の訳注における「訳者のコメント」中にバラバラに書き散らしていたものをまとめ上げ、現在の考察を加えたものです。
日本は湿潤な風土の上に、脾湿が内生しやすい食生活環境にあるので、潤燥法が必要なときにも、常に挟湿や脾運に対する配慮が必要である。
また、これとは逆に燥湿・袪痰・行気・解鬱などを必要とするとき、大量の燥性の薬物中に一味の潤燥薬「麦門冬」を配合する意義は大きい。
柴朴湯や半夏厚朴湯に麦門冬一味を加える必要性を示唆した拙文を、ちょうど二十三年前の『和漢薬』誌340号に「中草薬漫談(5)麦門冬」と題して述べて以来、喘息に対する柴朴湯加麦門冬については、すでに日常茶飯事の常識的なテクニックとして定着している。
臨床上、わずか一味の麦門冬の有無により、効能に雲泥の差が生じ得ることは、看過すべからざる現象である。
《顧氏医鏡》で指摘されているように、肺は嬌臓(脆弱な臓器)であり、寒に対しても熱に対しても抵抗力に乏しく、さらには湿に対しても、また燥に対しても抵抗力に乏しいので、麦門冬一味によって大量の温燥薬の行き過ぎによる肺陰の損傷を未然に防止し、肺陰を保護するのである。
同様に、日本で繁用される補気建中湯・補中治湿湯のみならず、釣藤散などにおける麦門冬配合の意味を詳細に検討すれば、先人の用薬配合上の工夫を汲み取ることができるはずである。
肺は気を主(つかさど)り、水道を通調するという二つの重要な働きを持ちながら、実体は極めてデリケートな臓器であることを充分に認識し、常に肺の実体である肺陰の保護を忘れてはならないのである。
肺は呼吸を司り皮毛に合しているので、外邪の侵襲を最も受けやすいく、寒・熱・燥・湿いずれの刺激に対しても抵抗力が乏しい。
感冒や鼻炎など、肺系統の疾患が日常的によく見られるのはこのためであり、またそれゆえに「肺は嬌臓」であるといわれるのである。
それゆえ、辛温燥の性質が特に強烈な小青竜湯などを慢性疾患で連用するときには要注意である。たとえ「証」がピッタリであっても、決して過信してはいけない。
短期間の使用なら問題も生じにくいが、少量の麦門冬や石膏を加えるなどして肺陰のみならず肺熱に対する配慮は不可欠である。
定期的な確認が必要な漢方薬方剤であることを充分認識する必要がある。
エキス剤の場合であれば、麦門冬湯や猪苓湯を適量併用することでも充分代用できる。
猪苓湯中の阿膠によっても肺陰を保護することができ、茯苓には補肺作用もあるからである。
アレルギー性鼻炎には小青竜湯、クシャミ・鼻水には小青竜湯などと喧伝され、病名漢方として定着したかの感があり、一般病院や医院から咳が出れば小青竜湯、クシャミはもちろん鼻水もと、保険漢方で出されて証が合っていないために、肺陰を損傷して乾燥咳が却って悪化してガラガラ声になり、どうしようもなくなって村田漢方堂薬局に助けを求めにやって来られた人が何人いたことか。
麦門冬湯で治まった人が多いが、肺熱まで誘発して小陥胸湯加減方製剤に辛夷清肺湯を合方しなければ治まらない人すらある。
八味丸や牛車腎気丸も同様で、辛燥大熱の附子の配合が、肺陰を損傷するばかりでなく、同時に肺熱まで誘発して小青竜湯の場合と同様の処置が必要なことすらある。
これらの乱用としか思えない出され方は、意外に同業の漢方専門薬局はもちろん、一般薬局でさえ、あまり遭遇しないで、殆どのケースが病院や一般診療所から処方されたものであるから、たまらない。言葉は悪いが、それらの尻拭いをいつもさせられているのは、我々漢方相談薬局なのである。
これらの事実は、若い頃には遠慮があって「決してこの事実は口が裂けても公言できない」と思っていたが、そろそろ晩年に向かって行くにあたって、言うべきことを言っておかなければ、世の中のためにならないと愚考し、ありのままの事実を述べるのである。
自分の子供たち二人も医者になっているばかりでなく、その配偶者も医者、親類縁者も医者だらけなのだから、何を遠慮することがあろうか。
これまで、あまりにも乱用されすぎた小青竜湯は、麦門冬湯や辛夷清肺湯が適応するような肺胃陰虚や肺陰虚に肺熱を兼ねるような証候を呈している患者さんに、辛温の細辛のみならず、本来は乾燥生姜および桂枝を用いるべきところを、日本の小青竜湯は辛燥温性の煨姜もどきや肉桂が配合されているので、なおさら肺陰虚を助長するのみならず、肺熱をさらに助長して、極端な乾燥咳とともに喀血まできたしかねないのである。
もともと、小青竜湯は標治の方剤であるから、長期の使用は慎むべきであるが、適応外の人に投与すると、上記のような現象が起こっても不思議ではないのである。
病院でもらった小青竜湯を、飲めば飲むほど声が枯れてきて、却って咳がひどくなったようだということも稀ではない。
八味丸にしても、辛燥大熱の附子が配合されているので、昨今リバイバルしたのか、夜間多尿に八味丸系統の製品がテレビなどで宣伝されているようである。
最近も、薬局で相談して買ったおかげで、確かに尿の回数は減ったがいっぺんに不眠症になり、毎晩目が覚醒して軽い煩躁状態を呈しているという。
明らかに附子の軽度の副作用が認められるもで、即刻中止してもらい、附子抜きの「七味丸」に切り替えてもらった。
もちろん、八味丸は重要な基本方剤ではあるが、腎陽虚が明らかでなければ使用すべきではない。
肺陰を損傷して乾燥咳を誘発することも、稀ではない。
長期連用にも定期的な確認が必要で、「肺は嬌臓」であるということを忘れてはならないのである。
また、辛温香走の薬物が多く配合された藿香正気散は、湿困脾胃の病機に対する理気化湿の方剤として大変有用で、アレルギー性鼻炎などの一見、肺寒停飲の小青竜湯証と見られる場合でも、麻黄が不適応の患者に、苓甘姜味辛夏仁湯の煎薬やエキス剤が手元に無いとき、充分代用できることが多く、胃腸虚弱者には持って来いの方剤ではある。
ところが幸か不幸か本方の「乾燥性」は相当な威力があり、本方証に間違いないときでも、症状が軽快した時点で中止するほうが望ましい。
たとえば、クーラー病による頭痛に、シャープに奏効してそのまま夏中一ヶ月も連用していたら、ひどい嗄声を生じた例がある。
直ぐに中止してもらい、麦門冬湯で速やかに回復したものの、本方の燥湿力は相当なものである。
村田漢方堂薬局では、常連さんたちと「便利な乾燥剤」として有名な処方となっているが、本方の適応する証候(一連の症候)が解消した時点で直ぐに中止すべき方剤としても「常連さんたちの常識」となっている。
このように、小青竜湯や附子剤、あるいは藿香正気散のような、日常的によく使われる方剤の使用は、「肺は嬌臓」であるということに留意して、乱用は慎むべきなのである。
合成医薬品の副作用に比べると「かわいいもの」と言えばそれまでだが、明らかに適応症ではないのに誤治した場合の不快症状は、上記に述べたとおり相当なものなのである。