中医学は構造主義科学であるということ

 まず、導入として、ブログ「漢方と漢方薬および中医学関連情報 」における、一投稿記事 科学理論としての中医学(中国漢方) を、次に全文転載する。


 科学理論とは、仮説に基づく理論体系化の試みであり、現実世界に充分有効な理論であれば、一つの立派な科学理論として成立し得る。
 日本漢方では、空論臆説として退けられて来た「陰陽五行学説」は、ひとつの構造主義科学といえる。
 ちょっと難しいフランスで一時隆盛を極めた「構造主義」を引き合いに出す必要もない。
 一般の辞書的レベルでも、充分に解説されている「構造」という意味を考えるだけでも、かなり納得しやすい。

 小学館の『大辞泉』によれば、

 構造とは、物事を成り立たせている各要素の機能的な関連。または、そのように成り立たせているものの全体。

とある。

 これを敷衍して、生体内の生命活動は構造化されており、人体の生命活動を、
五行相関にもとづく五臓を頂とした五角形
が基本構造であると捉えているのが中医学である。

 五臓を頂とした五角形にゆがみやひずみが生じたときが病態であり、病態分析の基礎理論となる構造法則の原理が、陰陽五行学説である、と考えればわかりやすい。

 陰陽五行学説に基づく中医学理論は、臨床の現実に即して展開され、原理的に新たな理論の充実を図ることが可能である。

 それゆえ、治療の成否は中医学基礎理論の知識を、実際の臨床にどのように活用し、展開させるかという一事に関わって来る。

 中医学は、構造化された生体内を「五行相関に基づく五臓を頂とした五角形」として捉えることから出発し、臨床に直結した医学理論として、常に生体内に共通した普遍性の探究を継続しながら、基礎理論の確認と補完を図りつつ、疾病状態における患者個々の特殊性の認識(把握)を行なうとともに、この認識に基づく治療へとフィードバックさせる特長をもった医学である。

 古人は医学領域において五行理論を利用することによって、五臓相互の関係の説明に役立てている。気血津液精という基礎物質の生成・転化・輸布などの生理的・病理的関係にもとづいて五行理論を巧みに利用し、相生・相克の概念によって五臓相互の関係を説明しており、決して単なる空論臆説による「まやかし」や「ごまかし」などではない。
 医学領域における表現形式として五行理論を巧みに利用している点に留意すべきで、このような中国古代人のプラグマチズム的精神を体現した融通性は高く評価すべきであろう。東洋医学におけるこれらの伝統的な表現形式を批判・蔑視あるいは軽視する日本漢方界の一部の風潮はいささか理解に苦しむところで、五行理論に対する否定的な立場は、中医学のみならず漢方医学を含めた、東洋医学そのものを否定するに等しい、大いなる自己矛盾をはらんだ不可解なポジションである、と思えるのである。


構造主義医薬科学 = 中医学基礎理論

 人体の生命活動は「五行相関にもとづく五臓それぞれを頂点とした五角形」が基本構造であり、病機分析(病態認識)の基礎理論となる構造法則の原理は、陰陽五行学説である。陰陽五行学説にもとづく「中医学理論」は、よりハイレベルな「構造法則」として常に発展していく必要があるが、差し当たりは現段階における中医学理論にもとづき、五臓を頂点とする五角形のひずみを矯正することが、疾病治療の基本原則となる。

 以上をもう少し具体的に言えば、成都中医学院の陳潮祖教授が『中医病機治法学』(四川科学技術出版社発行)で述べられているように、五臓間における気・血・津液の生化と輸泄(生成・輸布・排泄)の連係に異常が発生し、これらの基礎物質の生化と輸泄に過不足が生じたときが病態であるから、五臓それぞれの生理機能の特性と五臓六腑に共通する「通」という性質にもとづき、病機と治法を分析して施治を行うのである。

 @病因・病位・病性の三者を総合的に解明すること。
 A気・血・津液の昇降出入と盈虚通滞の状況を捉えること。
 これらによって、定位・定性・定量の三方面における病変の本質を把握する、というものである。

 治療方法については、以上のような病機分析にもとづき、病性の寒熱に対応した薬物を考慮しつつ、@発病原因を除去し、A臓腑の機能を調整し、B気血津精の疏通や補充を行うのである。
 治療の成否は、中医基礎理論の知識を実際の臨床でどのように活用し、応用できるかという一事に関わっているが、実際の臨床においては差し当たり「現症の病機」の把握に大きな間違いがなければ、多くの慢性疾患やたとえ難治性疾患であっても、煎薬のみにこだわる必要は無く、既製のエキス製剤によっても、一定の治療効果を得ることができるのである。

 蛇足ながら、中国国内でも第一世代の老中医は、中堅や若手の中医たちが基本方剤を大切にせず、弁証論治の名のもとに新たな方剤を作るようなやり方に批判的であると言う。名老中医たちは日本で想像する以上に、歴史と伝統のある傷寒論や金匱要略などの基本方剤を非常に大切にされるのである。

 なお、構造主義科学論による更なる考察として「中医漢方薬学」論以来の進展をみた拙論『中医学と西洋医学―中西医結合への道―』も是非参照されたし。