猪苓湯と少陽三焦  (村田漢方堂薬局 村田恭介)

「中医漢方薬学」論が本領発揮した方剤の一つがこの「猪苓湯」です!

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 現在では自分に取って、陳潮祖先生の御高著から学んだ「少陽三焦理論」は当たり前のようになっていますが、当時はこれを利用して様々な応用が実際にかなり通用することに感激のあまり、気負いばかりが目立って空転気味の拙論でした。現在の知見を交えながら改造するのには大分苦労しました。何せ土台が土台だっただけに元版とはかなり変わってしまいました。
(元版) 猪苓湯(ちょれいとう)が滑石茯苓湯(かっせきぶくりょうとう)に変わるとき 1991年新年号月刊『和漢薬』誌(通巻452号)の巻頭論文


猪 苓 湯 が 滑 石 茯 苓 湯 に 変 わ る と き

1991年新年号月刊『和漢薬』誌(通巻452号)の巻頭論文の【大改訂版】

 平成17年1月現在からはちょうど13年前の41歳の頃、陳潮祖著『中医病機治法学』に熱中し惚れ込んで、この書籍の内容を基礎に、様々な創造力を働かせて臨床実践と直結した論文もかなり書いていたようです。訳注翻訳連載が始まる約一年前の拙論です。「少陽三焦の陰虚湿熱に対応する滑石茯苓湯(猪苓湯)」などと分析する突拍子もない解釈のようですが、臨床実践上は結構重宝な解釈で、アトピー性皮膚炎や気管支喘息あるいは蓄膿症など、主方剤となる他剤との調和をはかり、不可欠な方剤として現在も多方面に仲人的な処方として重宝しています。
 ともあれ、本論のベースになる「少陽三焦」が膜原と腠理から構成され云々のクダリは、すべて上記の書籍から学んだことであり、それらにもとづいてフツフツと沸き起こった理論構築であった訳です。理論と実践の繰り返しの毎日で、実際に西洋医学で思うようにならなかった人が、漢方薬で快方に向かってもらわなければ仕事にならないのです。専門家の名が廃ります。効かなければ誰も村田漢方堂薬局に来てくれません。漢方専門の看板を降ろさなければなりません。それだけに実際の臨床と理論がつねに絡み合って自分なりの理論構築が出来上がっていく訳でした。実際に皆さんに喜んでもらえる漢方薬の配合をアドバイスし、結果が良ければそれだけ信頼を得られ、直ぐに効かない場合でも、信頼があれば上手な配合が決まるまで、皆さん我慢強く待って頂けるのでした。こうした臨床実践と理論構築の繰り返しから生まれたのが本論だけに、同じ専門家に少々イビツナ理論と受け取られても、結果が出ているだけに、村田としては大いに自信があるのです。平成17年現在でも、決してくだらない論文とは思えない訳です。但し、現在読み直してみると、気負いすぎて表現がしつこかったり拙かったり、あるいはアトピー性皮膚炎に対する考察がまだまだ一面的であったりで、それゆえ大幅に削除・訂正・増補した部分があります。それゆえ、平成17年1月6日現在では、本当に自信のあるものに出来上がったと信じています。
 なお、本論は一般向けではありません。もともと専門誌に発表したもので、[中医漢方薬学]的思考方法の一つの見本を示したものです。


 はじめに

 猪苓湯は漢方入門当初、最も繁用したももの一つで、膀胱炎の特効薬として大変重宝していた。そのうちに膀胱炎でも猪苓湯で効果が見られず、五淋散や八味丸の適応となる場合や稀には清心蓮子飲が必要な場合もあった。
 ところで、最近は膀胱炎のようなありきたりな病人さんは当時よりも扱う頻度が激減しているのに、この猪苓湯をいまだに繁用している。膀胱炎や腎臓系統に使用する機会は以前よりもかなり少なくなったのに、多汗症や湿潤性の皮膚疾患等に多用している昨今、些かの新しい発見もあったと思われる。これら、多汗症や皮膚疾患に対する猪苓湯の応用例は寡聞にしてこれまで耳にしたことがないし、本で読んだことも無いので、ご参考にでもなればと考えた次第である。
 かくして、多汗症や皮膚疾患へ応用するとき、猪苓湯は「滑石茯苓湯」へと変身するのである。

 多汗症への応用

 今年は例年になく猛暑が続き、拙稿を書いている九月下旬でもその勢いがおさまりそうもない。世間には汗かき体質に悩む人が多いので、さぞや今夏は大変なことであったと思われる。
 そういう方達が相談にみえた場合、ご承知のように病名漢方的な防已黄耆湯のみの対応だけでは効果は不充分である。収斂作用のある竜骨・牡蠣を加えたり、或いは白虎加人参湯を考えたり、しまいには六味丸を考えたり、ずいぶんと苦労されられた経験が過去に何度かある。
 そこで弁証論治の中医学、と言いたいところだが、それはさておき、汗を小便に導く方法を考えることが第一に手っ取り早いのではないかとの単純な発想が以前からあった。これには「少陽三焦」の働きに注意しておく必要がありそうだ。
 第二に、汗は津液の化したもので、汗が多いと津を傷つけ、ひどいときには亡陰となる。(汗は心の液であり、発汗が多いと亡陽となるが、亡陽の多くは亡陰が更に進行したもので、陰液が過度に損傷されると、それにつれて陽気の必ず亡脱する。)このことも、少陽三焦との関係に注意が必要である。
 そこで、育陰清熱利水の猪苓湯の応用を考えてみるわけであるが、傷寒論の条文をすべて暗記されている方には、多汗による亡陰の問題を指摘しておきながら、利水作用のある猪苓湯を敢えて投与することに疑問を覚えられることであろう。


 白虎加人参湯との鑑別

 たしかに傷寒論には、
「陽明病、汗出多而渇者、不可與猪苓湯、以汗多胃中燥、猪苓湯復利其小便故也。」とある。〔陽明病で汗が出るのが多くて口渇する場合には猪苓湯を与えてはならない。汗が多いために胃中が乾燥している場合に猪苓湯を与えると、利尿することによってさらに津液を枯渇させるからである。〕というのである。
 陽明病において多量に発汗して口渇がある場合には、この条文の少し前にある白虎人参湯や承気湯類が適応するが、その条文中にあるように「舌燥」の状態を認めてこそはじめて「白虎人参湯」証なのである。したがって、水熱互結に熱邪傷陰を伴う猪苓湯証の黄〜黄膩苔などの舌像とはおのずから異なるものであり、この点は重要な鑑別点となるものである。
 ところで、夏に多い膀胱炎は、暑さにやられて発汗過多となり、尿が濃くなって排尿痛・残尿感を生じることが多々見られるが、これこそ一般的な猪苓湯証である。(寒さにやられて膀胱炎を引き起こすことも当然多く、この場合にも猪苓湯証のことが多い。冷えが原因だからとうっかり温熱の方剤を投与すると却って治癒を遅らせててしまうことが多いが、この問題を論じていたら議論やややこしくなるので、今回は省略。)その時の舌像を注意深く観察してみると、重度の熱射病でない限りはという条件付ではあるが、白虎加人参湯証のように裏熱が津液をひどく傷つけた状態のものとはおのずから異なる。それには矢張り舌像の観察がかなりな決め手になる。
 夏の多汗症の者は膀胱炎症状がなくとも、尿が濃くなっていることが多く、あたかも白虎加人参湯証であるかのように多汗・口渇があって尿が濃いものの、舌苔が黄〜黄膩などの条件を備える場合は、たとえ膀胱炎症状を伴わなくとも猪苓湯証ではないかと睨んだわけである。
 ここで、とりわけ重要なことは、発汗と尿が濃くなる関係は、少陽三焦の機能と密接に関係しているということである。

 少陽三焦の重要性

 この少陽三焦の重要性については陳潮祖著『中医病機治法学』に随分と教わったことである。
 少陽三焦とは、膜原と腠理から構成される機能体を指すもので、これらは肌表・五臓六腑・四肢百骸の各組織と連絡し、津と気が昇降出入する交通路となっている。
 少陽三焦を構成する膜原と腠理は、肝が主(つかさど)る筋膜組織に属するものであるから、疏泄調節を主る肝のと関係は大変密接である。それゆえ、少陽三焦とはまた、肺気・脾気・腎気ばかりでなく肝気も加わって、おもにこの四臓の機能が協力して営まれる津気運行の作用が実際に行われている区域こそが、この膜原と腠理から構成される「少陽三焦の腑」としての実体なのである。
 と同時に、これら肺脾腎肝が協力して営まれる津気運行の作用のみを取り出して概括したものがすなわち「少陽三焦の機能」である。
 ところで、中医学の病理観の中で、とりわけ重要なものは五臓六腑のバランスシートである。これらの生理機能はいずれも気血津液の生化輸泄(生成・輸布・排泄)と関係があり、そして「流通」という共通した働きがある。それゆえ、基礎物質の生化輸泄に過不足やアンバランスが生じた場合、それがその時の病態である。したがって、五臓六腑は「流通しているもの」としての生理と病理の特徴があり、五臓間の生克関係は、気血津液の生化輸泄状況のバランスに関わっている。


 猪苓湯の病機と適応症

 猪苓湯の病機名を極限に要約すると「陰虚湿熱」とされている。水熱互結・小便不利などに適応するものであるが、さらに心煩して眠れない者や下痢・咳嗽・嘔吐を兼ねる者を主治する。このことは、下焦の陰虚湿熱を治するばかりでなく、作用領域が上中下焦に及んでいることを物語っている。
 傷寒論中にある猪苓湯の条文は次のようである。
 陽明病篇に、
「若脉浮発熱、渇欲飲水、小便不利者、猪苓湯主之。」
「陽明病、汗出多而渇者、不可與猪苓湯、以汗多胃中燥、猪苓湯復利其小便故也。」
 少陰病篇には、
「少陰病、下痢六、七日、咳而嘔渇、心煩不得眠者、猪苓湯主之。」
 以上の三条文である。

 猪苓は甘淡微寒で帰経は腎・膀胱経。沢瀉は鹹寒で帰経は腎・膀胱経。いずれも滲湿利水し、腎と膀胱の湿を除去することができる。
 追記:同時に猪苓には補益作用がある。昨今の中医学書には、チョレイの補益作用が欠落しているが、中品に分類されているものの神農本草経にはっきりと記載がある。
 すなわち、神農本草経には猪苓を「久服すれば身が軽くなって老いに耐えるようになる」と述べられており、さらには清代の名医葉天士は「猪苓の甘味は益脾する。脾は統血するので猪苓の補脾によって血が旺盛となり、老いに耐えるようになる。また猪苓の辛甘は益肺する。肺は気を主るので猪苓の補肺によって肺気が充実して身は軽くなる」と解説している。
 参考文献:利水滲湿薬「猪苓」の補益性について


 茯苓は甘淡平で、脾と肺の湿邪を滲湿利水する。
 追記:ブクリョウには滲湿利水とともに健脾補中などの補益作用があり、これらチョレイとブクリョウの補益作用により、猪苓湯一方剤で、明らかな扶正と袪邪を兼ね備えた方剤となっている。

 滑石は甘淡寒で帰経は胃・膀胱経、清熱通淋して水道を通利するが、上下表裏の湿邪を小便によって排出する作用がある。
 これら四薬によって水熱互結を清利して解消する。

 阿膠は甘平で帰経は肺・肝・腎。滋陰潤燥・養血止血する。
 これら五薬によって滲湿利水と養陰清熱を同時に行うもので、利水しても傷陰せず、滋陰しても邪を留まらせず、水湿を去り、邪熱を清し、陰液を回復させるものである。
 と、教科書的には如何にも良くできた方剤のような説明になるが、現実的には煎薬であれば阿膠は加減すべきであり、エキス剤を用いる場合は、前四薬を煎じたエキスに後でゼラチンをそのまま加えた製剤においては、膀胱炎に対する治療効果は、却って悪くなる場合がある。後述するアトピー性皮膚炎の場合は、患者さんの陰虚レベルで使い分ければ、却って便利であるが、筆者は膀胱炎や尿路結石に使用する場合には、阿膠も一緒に煎じてエキス化したような、一見杜撰に見える製造方法のものが有効だと考える。実際に自分自身が尿路結石に罹患した場合も、阿膠があると効力が悪いので、猪苓湯去阿膠を基本にした煎薬で治療できている。エキス剤においては他の病院や薬局で猪苓湯を処方されて効き目が悪いと悔やむ患者さん達に、阿膠の作用の弱い製剤を出して、却ってよく効いている。

 ともあれ、私が最も多用して来た湿潤性皮膚疾患や多汗症、とりわけアトピー性皮膚炎をはじめとする皮膚疾患は、後述するように「肺脾病」であるから、猪苓湯の薬味中、上下表裏の湿邪を小便によって排出する滑石と、脾と肺の湿邪を滲湿利水する茯苓が中心となって働いているものと考えられる。それゆえ「滑石茯苓湯」と別称を設けた所以である。

 かくして、滑石茯苓湯(猪苓湯)は、肺・脾・腎・肝の四臓の補益とともに滋陰利水の効能を持つので、少陽三焦を通じて皮毛と肌肉間の膜腠区域の水分代謝の偏在を調整する効能を発揮し、多くのアトピー性皮膚など皮膚疾患系のみならず、かなり広い領域の様々な疾患に対して応用範囲が拡大するのである。


 アトピー性皮膚炎の中医学的考察

 現代の難治性疾患ともいえるアトピー性皮膚炎に対する論文は、村田自身にも何度かまとまった論説を発表しているが、結局は1996年5月に東洋学術出版社から発行去れた『アトピー性皮膚炎の漢方治療』の拙論「肺脾病としてのアトピー性皮膚炎」におけ考察が、一番妥当適切であったと思われる。

 アトピー性皮膚炎は現象的には皮膚と皮下組織の病変であり、中医学的には肺に属する「皮毛」と脾に属する「肌肉」の病変であるから、アトピー性皮膚炎は肺脾病と考えることができる。それゆえ、大気汚染の状況や空調設備の環境および食生活の習慣や環境などと、密接な関係がある。
 ところで、『素問』咳論に「五臓六腑はみな人をして咳せしむ。独り肺のみにあらざるなり。」と述べられているように、五臓の機能が失調すると少陽三焦を運行する気機の逆乱を誘発し、いずれも肺の宣降を失調させて咳嗽が出現しうることを指摘しているが、アトピー性皮膚炎も同様に、五臓の病変が肺脾に波及すると、いずれもアトピー性皮膚炎を誘発しうるのである。
 昨今のアトピー性皮膚炎には様々なタイプがあり、代表的な弁証分型を提示することはできても、すべてを包括することは不可能な状況である。肺脾の疾患であっても、五臓の病変はいずれも本病を誘発しうるだけに、病機は複雑多岐である。とはえい、これはなにもアトピー性皮膚炎に限ったことではなく、大局的に見れば他の疾病となんら異なることのない普遍的な共通性である。それゆえ、アトピー性皮膚炎だからといって特別視する必要はなく、肺脾病との認識に立脚して中医学理論にもとづく弁証論治を忠実に行うという基本的な営為こそが、最も有効な治療方法といえるはずである。
 人体の生命活動は「五行相関にもとづく五臓を頂とした五角形」が基本構造であり、病機分析(病態認識)の基礎理論となる構造法則は、陰陽五行学説である。陰陽五行学説という原理にもとづく中医学理論は、よりハイレベルな構造法則として常に発展していく必要があるが、差し当たりは現段階における中医学理論にもとづき、五臓を頂とする五角形のひずみを矯正することが、疾病治療の基本原則となる。
 つまり、成都中医学院の陳潮祖教授が『中医病機治法学』(四川科学技術出版社発行)で述べられているように、五臓間における気・血・津液の生化と輸泄(生成・輸布・排泄)の連係に異常が発生し、これらの基礎物質の生化と輸泄に過不足が生じたときが病態であるから、五臓それぞれの生理機能の特性と五臓六腑に共通する「通」という性質にもとづき、病機と治法を分析して施治を行うのである。@病因・病位・病性の三者を総合的に解明し、A気・血・津液の昇降出入と盈虚通滞の状況を捉え、3定位・定性・定量の三方面における病変の本質を把握するというわけである。治療方法については、これらの病機分析にもとづき、病勢の感熱に対応した薬物を考慮しつつ、@発病原因を除去し、A臓腑の機能を調整し、B気血津精の疏通や補充を行うのである。
 治療の成否は、中医基礎理論の知識を実際の臨床にどのように活用し、応用できるかという一事にかかっているが、実際の臨床においては「現症の病機」の把握に大きな間違いかなければ。アトピー性皮膚炎といえども、既製のエキス剤の代用でも、一定の成果を上げうるのである。


 アトピー性皮膚炎への応用

 猪苓湯を多汗症に対して応用する発想から、エスカレートしてしまったかのように、そのまま難治性のアトピー性皮膚炎への応用にまで突き進んだわけだが、多汗症に対する臨床例では弁証分析による基本方剤、たとえば防已黄耆湯あるいは玉屏風散などに猪苓湯を加えればかなり効果的であった。実際には順序が逆で、皮膚疾患に対する多数の応用経験があったからこそ、多汗症者に対する応用の発想が湧いたのであった。その他にも、気管支喘息や蓄膿症など、いずれも肺脾に関係する疾患に応用する機会もかなりあった。
 ともあれ、アトピー性皮膚炎などへの応用条件は、患部が湿潤していたり水疱性であることを条件に、養陰清熱利水の猪苓湯を応用するのである。皮膚病における分泌物の実態は主に汗と同様、津液が化したものであるから、津気が昇降出入する通路としての少陽三焦との関係は密接である。
 但し、アトピー性皮膚炎に限らず、喘息であれ蓄膿症であれ、多汗症であれ、単方投与は殆ど少なく、いずれの場合も他方剤と併用することが多い。たとえば、アトピー性皮膚炎では、しばしば六味丸系列の肝腎陰虚に対する方剤と併用することが多いなど、いずれも正確な弁証分析があってはじめて、猪苓湯も有効に活きるのである。
 なお、アトピー性皮膚炎に実際に猪苓湯応用した例を、先述の東洋学術出版社発行の『アトピー性皮膚炎の漢方治療』に、村田による四名の比較的詳細な弁証分析を記載した症例が掲載されている。


 猪苓湯と少陽三焦の関係

 猪苓湯は陽明や少陰の水熱の病変に対応するものとして、傷寒論の時代から多々応用されてきた重要方剤である。
 ところで、水湿のからむ病変では、少陽三焦との関係を無視できないものであるが、これまで述べてきたように私の経験と考察によれば、猪苓湯は少陽三焦における機能失調の病変に比較的広範囲に適用できるものと考えている。
 すなわち、《滑石茯苓湯(猪苓湯)は少陽三焦における陰虚湿熱を改善する基本方剤》であるとの認識であるが、このことは今後、猪苓湯の応用範囲をさらに広げるものであると思われる。
 「三焦の陰虚湿熱」という病機概念は言葉としては耳新しく、大変奇異に思われるかもしれない。よく似たものでは「三焦の湿熱阻滞」があり、湿熱阻滞によって三焦の機能不全に陥った病態を示す病機概念であるが、これには三仁湯や甘露消毒丹のように、辛開・苦泄・芳化・淡滲により湿熱を除去する方法でなければ病態を改善することは難しいとされている。それゆえ、滑石茯苓湯(猪苓湯)の処方構成から見ても、「三焦の湿熱阻滞」に対する基本方剤とすることはできそうもない。したがって、滑石茯苓湯に即応する病機は「三焦の陰虚湿熱」であり、陰虚湿熱による少陽三焦の比較的軽い機能失調に対応する、と言えそうである。とは言え、前述したように、時には阿膠を必要としないケースもママあり、筆者自身の尿路結石経験からも、阿膠を去って用いて却って著効を得ているのである。それゆえ、阿膠を去ればあらゆる軽度の「三焦湿熱」に対する方剤として活躍の場が広がるのである。幸か不幸か、市販されている猪苓湯エキス製剤には阿膠(ゼラチン)を一緒に煎じて作られた為にか、阿膠の滋陰力を殆ど感じさせない製剤もあり、一方では他薬を煎液でエキスを抽出して製剤粉末化した後に、阿膠を加えたものは、総じて利水力が殺がれ、却って使い物にならない場合もあるようである。


 五臓間の整体関係に対する注意

 なお、水液の正常な運行の分配は、肺気・脾気・腎気・肝気に依存しており、これらのどの一臓の機能が失調しても、水液が三焦において壅滞するようになり、痰飲水湿に変性して様々な病態が生じ得る。そして痰飲水湿の邪は、三焦を流通する気に従ってどこにでも流れて行き、阻滞したそれぞれの場所に応じて特有の病変病態が出現することになる。
 病態を正しく把握するには、常に五臓間の整体関係に注意しなければならず、時に複雑になり過ぎて混乱を生じかねない。しかし要約して考えると、五臓の生理機能はいずれも気血津液の生化輸泄と関係があり、「流通しているもの」としての共通した働きがある。そしてそれらの基礎物質の生化輸泄に過不足やアンバランスが生じた時が、其の折々の病態なのである。それゆえ、《五臓六腑の「通」というキーワードこそが、病機と治法を分析する上で、重要な指針になる》、ということを認識していると、複雑な中医学も大変理解しやすくなると思われる。

 三焦を研究する意義と問題点

 そのほかの少陽三焦に関係した基本方剤に対して管見を述べると、藿香正気散について角度を変えた考察と実践がある。「外感風寒・内傷湿滞」の病機に対応する方剤とされるのが一般的であるが、「三焦湿鬱・昇降失司」あるいは「(三焦の)寒湿阻滞・昇降湿司」の病機に対応する方剤として考えると、藿香正気散の広範囲な応用が、理論的にも臨床的にも可能になる。
 「三焦」などと実態が分かっているようでも、古来より様々な学説があり、実際には大変解釈の難しい面を持った「機能体」を持ち出して記述することは、多くの問題があると思われる。現代中国においても三焦の解釈はマチマチであり、かなり軽視した解釈をするものもあれば、重要なテーマとして取り扱うものもあり、統一が取れているとは言いがたい「難物」でもある。
 しかしながら、臨床に直結した有益な理論構築であれば「創造的進化」としてある部分認められてしかるべきものと愚考する次第である。管見からすれば中医学および中医漢方薬学をさらに発展させる可能性を秘めている部分の一つが、この手少陽三焦であると思うのである。
 ここで最後にもう一度言わせて頂ければ、陳潮祖教授の御高著を基礎に、三焦とは、膜原と腠理から構成される機能体を指している。これらは肌表・五臓六腑・四肢百骸の各組織と連絡し、津と気が昇降出入する通り道である。そしてこの膜原と腠理はまた、肝が主る筋膜組織に属するものであるから、疏泄を主る肝との関係は大変密接なものである。それゆえ、肺気・脾気・腎気ばかりでなく肝気も加わって、主にこの四臓の機能が協力して実現される「津気の運行」が実際に行われている区域こそ、膜原と腠理から構成される「少陽三焦の腑」としての実体なのである。と同時に、これら肺脾腎肝が協力して行う津気運行の働きのみを取り出して概括したものがすなわち「少陽三焦の機能」の実体である。

 おわりに

 実際の滑石茯苓湯(猪苓湯)のアトピー性皮膚炎に対する臨床応用例は記述の通り、東洋学術出版社発行の『アトピー性皮膚炎の漢方治療』に、拙著として「エキス剤運用 肺脾病としてのアトピー性皮膚炎」と題して、かなり長文詳細な症例報告を四例掲載されている。もしも購読ご希望の方は、本サイトの『漢方薬専門のリンク』を開いて頂けば、そのコーナーの東洋学術出版社のサイトに入って、お問い合わせ願いたい。
 なお、機会があればそれら臨床例を本サイトに掲載することも考えています。